真実ではない言葉
真実ではないと嘘は別の言葉
平気で嘘をうける人がいます。その人達の思考回路はどのようになっているのでしょうか?例えばSF小説や漫画を空想で書くことは、現実ではない「嘘」をつくことにあたるでしょうか。嘘には、対象となる相手を騙す、欺くことを目的としているかどうかがポイントになります。
平気で嘘を付いている人は空想家よろしく、自分で世界を作り上げている人が多くいます。つまり、自分自身では嘘をついている、相手を騙しているという認識は薄く、そこには嘘をついている罪悪感はありません。もちろん、嘘をつくことが専門の犯罪である「詐欺師」の場合でも、そういった罪悪感を抑える訓練をおこなうことで平気で嘘をつけるようになります。
話をもどすと、そもそも平気で嘘をつく人と、相手を欺こうと思って嘘を付く人は根本的に違うということです。この見極めは非常に重要になってきます。もちろん、嘘をつかれること自体は何としても避けなければなりません。または、一般社会では嘘というわけではなく、「誤った情報」というものも溢れています。
つまり真実ではないことと嘘は同意語ではなく、その違いをきちんと見定めることが重要になってくるのです。
例えば裁判で意見が食い違う理由
裁判で双方の言っていることが食い違うことがあります。「この人に殴られました」「わたしは殴っていません」という場合、事件は完全に被疑者・被害者双方がからんだ事件であるが、確固たる証拠がない限りどちらの主張が正しいか分かりません。また、どちらかが嘘を言っているといえます。(もちろん双方が嘘を言っている可能性も0ではありません)
なぜこのようなことが頻繁に発生するのでしょうか。もちろん主義・主張の一貫性を通すため、正当性を認めさせるために小さな嘘をつき、それが次第にひろがるパターンも多いことでしょう。とにかく自分が有利になるようにだけ考えた、自己都合から生まれる真理であることは間違いありません。
罪に関わる重要な話し合い(調停)の中で嘘をつくことは非常に思い罪であると思います。より重罪とする必要があるかと思いますが、残念ながら嘘を嘘とする証拠がない場合がほとんどなのです。