会話によるコミュニケーションの重要性
会話によって生まれる相互理解
普段あまり突き詰めて考えることはありませんが、人は会話を使って様々な情報を相手、もしくは広く大多数の人にまとめて伝えることが可能です。この伝達能力は、こと人に限って話をすれば最も情報料が多く、かつ正確に伝わる手段ではないでしょうか。
会話以外の伝達手段を考えてみると、まずは目から得る情報があります。すなわち、読んだり見て物事を理解することです。ぱっと想像しただけでも、一度に目で見られる情報量には限りがあることが想像付きます。また繰り返し違う情報を次々に流したとしても果たしてどこまでその内容が伝わるか。
想像してみて下さい。ジェスチャーで物事を伝えようとしているシーンでの歯がゆさを。または、音の流れないテレビを見ている時の、物事の本質がきちんと伝わっていない状態を。目で見るだけの情報量には、人が脳で必要としている情報にはなかなか達しない場合が多いのです。
言葉が喋れない赤ん坊の場合と同じです。欲している欲求、伝えようとしている内容を見ている人間は必死に理解しようとするのです。
音だけでの情報でもコミュニケーションは成り立つのか
会話をする上で重要なことは、当たり前のことですが聴くという行為です。では、物音を聞くだけで人はどれほどの情報を得ることができるのでしょうか。暗闇で誰もいない場所を歩いていると思って下さい。遠くで何か物音がしますが、何の音か判別が付きません。呼びかけてももちろん返答があることはありませんし、見て確認することもできません。いくら耳が情報を集めたとしても、ほとんど役に立たないということです。
では、向こうから足音が近づいてくる場合はどうでしょうか?もちろん誰が近づいて来るかは分かりません。人間ではないかもしれません。足音以外の物音の情報があれば、判明することもあります。つまり、人の耳は様々な情報を聞き分けているかと思っているのですが、そういったそれぞれの音をまとめて聞き、その場の状況判断をしてるに過ぎません。視界がなく、音が単独である場合はほとんど何の役にも立たないことが多いのです。
会話をすることの重要性
例えば会話で「それ」「あれ」と言うだけで様々情報が一変に伝わります。この短い音節に含まれた意味を、その状況の中から人は判断するのです。もちろん会話というのはこれだけで終わることはありません。ほぼ無限の情報を伝えることが可能なのです。しかも会話は一方から他方だけの受け渡しではありません。相互に会話を受け渡すことで無限の情報の広がりが生まれるのです。すなわち、人類は会話を通じて新たな発見や新たな道筋を見つけてきたと言っても過言ではありません。
スピーチに繋がる会話は、人々の発展のためには無くてはならないものです。この会話を通じたコミュニケーションを制した者が人類を制するのではないでしょうか。歴史を振り返ってみても、スピーチ、弁論、レクチャー、演説、これらで力を発揮した人が偉人として語られている例は少なくありません。